私の思い出話
1982年の冬だったと思います。知り合いの招待で初めてテニスの試合を見ました。イギリスのたばこブランドBenson & Hedgesベンソン&ヘッジスの大会の決勝戦でした。テニスの選手もゲームのルールも全く知らずにかなりの前列に座りました。 とにかく、何点でゲームの勝敗が決まるのか、何ゲームするのか何セットまでやるのかわからなったので、永遠に続きそうなゲームの長さに併行して途中で帰りました。後で知れば、それはマッケンローと言う短気な問題児の決勝戦でした。チケットもなかなか手に入らない貴重なゲーム観戦の機会だったようです。 その後、1984年、帰国前に一度ウィンブルドンを見ておこうと、ボロボロの70ccのカブで30分かけて見に行きました。 そこでは思いがけない幸運が待っていたのです。私が60の手習いでテニスを始めたきっかけはこのエピソードとは全く関係ないですが、
もしご興味あれば、次を読んでみてください。
ボロボロバイクでの30分のライドの後、当日券購入の為、長蛇の列に並んだことを覚えています。入場後は、これも通学用の破れた黄色い雨合羽を着たまま、三脚2つ、カメラ3機のほかに望遠レンズ、白黒フィルム、カラーフィルム、カラースライドが入ったバッグをさげ、あちこちウロチョロするばかりでした。
人混みの隙間から、わずかに見える選手を撮影しているときに、場内の警備員の一人から声をかけられました。
「どこから来たの?」
ロンドン在住でしたが、日本人なので「日本です」と答えました。
「世界中、こんな感じでテニスプレイヤーを追っているの?」
「はい、まあそんな感じです」
「向こう側で撮ったほうがいい写真が撮れるよ。行ってごらん」
彼は、私がメディアのバッジをつけていないのを承知で教えてくれました。そこには第2コートの入口があり、予約チケットがないと入れません。あきらめかけていると別の警備員が私を見つけ、中に手招きしてくれました。彼も私がメディア関係者ではないのを承知で中に入れてくれて、「あそこでいい写真が撮れると思うよ」と、その場所を指し示してくれました。
第2コートでは、ジョン・マッケンローが試合の前のウォーミングアップをしているところでした。教えられたスポットは、マッケンローが休憩の時に座る椅子の真後ろです。第2コートは小さいので選手の休憩椅子と観客席はかなり近く、私とマッケンローの間に障害物はありません。
ウィンブルドンでの幸運は、素晴らしい偶然との重なりでした。
破れた雨合羽を着て、たくさん機材をぶら下げていたから、気の毒に思ってくれたのかもしれません。マッケンローを撮るとき、最初は興奮して手が震えていました。必死でフィルムを何度も入れ替えて400枚ぐらい撮りました。本当に幸運な一日でした。







